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仙台大学附属明成高等学校

(高等学校/私立/共学/宮城)
仙台市青葉区の明成高校調理科の生徒は、「食」の「職(プロ)」をめざして日々学ぶと共に、地域社会との連携による食育活動「リエゾンキッチン」を推進している。
この「リエゾンキッチン」では、「食との出会い」から「人と人」、「心と心」とのリエゾン(=連携、つながること)が生まれる、そんな素敵なコミュニティキッチンをめざしており、これまでも生徒の自主的活動の他、様々なイベントへ参加するなど、地域に根ざした食育活動を実践してきた。
今年の10月18、19の両日には、宮城県利府町のホットハウススーパーアリーナで開催された「子育て応援団すこやか2008」に参加し、子どもたちと一緒に「お菓子の家」を制作し、宮城県立こども病院(青葉区)にプレゼントした。
「子育て応援団」は、子どもを楽しく育てることのできる社会環境作りをめざし、行政と民間団体がスクラムを組んで、宮城県内の子育て支援のネットワークを作ることを目的に、開催されるもので、子育て情報の提供のほか、小児科医や助産師、栄養士などによる育児相談会などが催される。
同校調理科生徒は昨年から参加し、食育のPR活動として「お菓子の家づくり」を行っている。
2回目となる今回のお菓子の家は、高さ約1メートル。屋根と壁はビスケットで、約1000枚を用意。生徒は、材木の雰囲気を出そうと、サイズや形を変えたり、ココアを混ぜて色を変えたりするなど工夫をこらした。
準備を進める生徒は、「空想の世界ではなく、リアルなお菓子の家づくりを多くの人に楽しんでもらいたい」と、多くの子どもたちや市民の参加を期待していた。
そして、イベント当日、会場では、子どもたちや親子連れなどが次々と訪れ、表面に接着剤代わりの卵白と砂糖を泡立てたメレンゲを塗ったビスケットを張り付けていった。そして、三角屋根のログハウス風お菓子の家が完成すると、大きな拍手がわき起こった。
調理科生徒による「お菓子の家づくり」は、こども病院に入院する子どもたちの支援も大きな目的。昨年も実施しており、今回も参加者にはビスケット1枚につき100円の支援をお願いし、その全額を完成したお菓子の家と共に寄付した。
生徒は「多くの市民のみなさんのおかげで、闘病生活を送る子どもたちが笑顔になる家が作れたと思う」と話し、「これからも地域の子どもたちやお年寄り、生産者や消費者のみなさんと連携して、広く食育の機会を提供していきたい」と、さらなる意欲を燃やしていた。
(2008年11月)
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宮城県 明成高校 調理科のみなさん
宮城県で一番歴史のある私立高校と知られる明成高校(仙台市青葉区)の調理科では、以前から生徒らによりユニークな取り組みが行われてきた。同科の生徒有志が考案した即席みそ汁「MISO de SMILE(ミソ・デ・スマイル)」もその一つだ。
これは、長さ約10cmの木製スプーンに地元特産の仙台みそをのせ、その上に三陸のワカメやとろろ昆布、麩などの具材を並べ、笑顔をかたどった即席味噌汁の素。そのままマグカップやおわんに入れて、お湯を注げば1杯分のみそ汁が出来上がる。若者を中心にみそ汁離れが進むなかで、何とか歯止めをかけようと考えだしたもので、見た目の楽しさと、簡単にできて、仙台みそ特有のこくのある味わいが、好評だ。うまみ調味料などを使用していないことも特徴で、すでに実用新案登録しており、近く市内の障害者授産施設による本格生産を計画しているという。
同校調理科の生徒は、“地元産品を知ることは、郷土愛につながる”として、昨年から大豆の栽培から仙台みそづくりまでを手掛けている。その過程の中で、昨年11月、担当教師から「子どものみそ汁離れを食い止め、仙台みその魅力を伝える方法はないか」との問いかけが、生徒に向けられた。すぐに、約20人の生徒有志が活動をスタート。子どもたちが飲みたくなるみそ汁とは…。試行錯誤を繰り返す中で考え出されたのが「MISO de SMILE」だ。小学校の食育教室などで開いた試食会では、「かわいい」「面白い」「おいしい」と子どもたちからも好評で、「これならいける」と本格的に商品化を目指すことになった。
さらに生徒ら10人は、5月30日に、韓国光州市で開かれた「韓国青少年博覧会」に参加。即席みそ汁「MISO de SMILE」を会場に持ち込み、アジア数カ国の高校生に試食してもらった。
博覧会に参加した生徒は「みそ汁になじみはなくても、笑顔は世界共通。きっと喜んでもらえると思った」「日本食の代表であるみそ汁の和みの味を、世界の高校生に伝えられたと思う」と話していた。
生徒を指導する調理科の教諭は「洋食化や個食化で、若者を中心にみそ汁離れが進んでいる。新商品が、『一汁三菜』のバランスの取れた食生活を取り戻すきっかけになれば」と願う。 「MISO de SMILE」。“ありがとう”“お疲れさま”いろいろな気持ちをこめて味わう笑顔の食卓こそ、みんなの心が和む場であり時間であることを教えてくれる「みそ汁」と言えるだろう。
(2008年6月)
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宮城県 明成高校 調理科の生徒のみなさん
右上写真
宮城県仙台市青葉区の明成高校では、地域の人々や社会に貢献する様々な活動を行っている。そのひとつ、調理科生徒による「リエゾン・キッチン」がある。「地域に根ざした食育」を掲げ、生徒が地域の企業、行政などと連携(リエゾン)し「食」と調理師という「職」を考える取り組みだ。多彩な活動の中で、子どもたちに人気なのが、生徒オリジナルの紙芝居「お豆の気持ち」だ。「仙台味噌」になりたいと夢見る大豆3兄妹の物語で、小学生らに地元の食材を伝える活動などに使われている。
昨年11月、この「リエゾン・キッチン」で、県が新設した「みやぎ食育活動実践者表彰」で最優秀賞を受賞するなど、評価の高い同校生徒が、また新たな地域貢献活動に取り組んだ。
それが、戦前の仙台市中心部の街並みや暮らしを素材にした紙芝居の制作だ。これは、仙台市青葉区中央市民センターが主催した市民講座「仙台まちなみ 紙芝居をつくろう」に参加した同校生徒が、一般受講生と共に取り組んだもの。
昨年9月1日から全10回にわたって行われた講座で、生徒らは、06年度に同市民センターの主催講座「一番町まちなみ講座」で制作した、1938年(昭和13年)当時の仙台市中心部の地図などを活用。さらに、市中心部の商店主や戦前の仙台市を知る人に直接取材するなどして、紙芝居の脚本を書き、34枚の絵にまとめた。紙芝居の絵はすべて生徒の手描きで、仙台七夕の歴史や当時の子どもたちの遊び、長屋の暮らしぶりなどが表現されている。
そして、昨年の12月15日、「一番町◆物語」のタイトルで完成披露会が、青葉区中央市民センターで開催された。講座に参加した明成高校の生徒が読み手となって、紙芝居の幕が開き、制作に協力した市民たち来場者は、1枚1枚の絵にうなづいたりしながら当時の暮らしぶりを懐かしそうに見つめていた。
紙芝居を見た地元商店街振興会の役員は、「短期間で素晴らしい作品ができたのには驚いた。昔の記憶を若い世代に語り継ぐ大切さを感じた」と感激した様子。講座に参加し、紙芝居の制作に取り組んだ生徒は「原稿を考えたり絵を描いたりするのは大変だったが、達成感でいっぱい」「今まで話したことのない人とつながりが持て、視野が広がった。自分と同じ年代や若い人にぜひ見てもらいたい」「リエゾン・キッチンにも参加しているが、こうした地域に貢献する活動を今後も続けていきたい」と、笑顔で話していた。
なお、同市民センターでは、紙芝居「一番町◆物語」を商店街や学校、福祉施設などで上演し、仙台の歴史を学ぶ道具として活用していく計画という。
注:「一番町◆物語」の「◆」は、「ハートマーク」です。
下写真1下写真2
(2008年1月)
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右上写真
「キュッ、キュッ」。
2005年6月末、私立明成高校(仙台市青葉区)科学部の部員たちが宮城県亘理町の砂浜、吉田浜で漂着物の調査を行っているときだった。「砂が鳴る」。部員らは初め信じられなかった。もう一度砂を踏みしめた。「キュッ、キュッ」。やはり、鳴る。それは、国内最大級といわれる鳴き砂発見を知らせる音だった。また、ほぼ同時期に、仙台湾鳴り砂探究会のメンバーが鳥の海(亘理町)で、鳴き砂を発見している。
宮城県内に鳴き砂は、気仙沼市の十八鳴(くぐなり)浜や女川町の夏浜など7カ所あるが、松島以南で見つかったのは、これが初めて。
その後部員らは、夏休みなどを利用して現地調査を重ね、吉田浜から北の鳥の海まで、約3キロにわたって鳴き砂が広がっていることを確認。06年夏に、島根県の砂博物館「仁摩サンドミュージアム」に砂を送ったところ、「特有の波形を示し、鳴き砂に間違いない。普通の鳴き砂は入り江の数百メートルぐらいだが、これだけ広範囲に鳴き砂のある砂浜は珍しい」という。同校科学部顧問の教諭は「場所によって鳴ったり鳴らなかったりする。吉田浜は神出鬼没の鳴り砂」といい、「隣の山元町は海岸の浸食が激しく、削られた石英が潮流に乗って吉田浜に堆積したのだろう」と推測する。科学部では、これらをふまえた調査結果を、同年11月9日に行われた県内の高校生による理科研究の報告会で発表した。
しかし、部員らは「すごいことをやったという実感はない」という。「現地に行き、事実を積み上げること」を繰り返し、調査回数は3年間で10カ所以上にもなる。顧問の教諭は「鳴き砂の発見は、偶然でもあり、必然でもあった」と話し、地道な現地調査の成果を強調する。
ところで、鳴き砂は、砂に含まれる石英の粒がこすれあうことで鳴るが、石英粒が細かすぎたり、湿っていたり、汚れたりすると鳴らない。
同部では、06年の6月から8月にかけて、仙台新港から吉田浜まで約20キロを歩いて漂着物調査を実施し、様々なゴミを拾い集めた。その中には、中国、韓国、ロシア製の浮きなども混じっていたという。部員らは、吉田浜をはじめ「宮城県の海岸が汚れはじめている」「鳴き砂が消える」と危機感を募らせる。そのため、今年から鳴き砂の同時発見者である「仙台湾鳴り砂探究会」と連携して、吉田浜から鳥の海一帯の砂の移動や層の厚さなどを調査し、鳴き砂の保全に取り組んでいくことにしている。
鳴き砂は、きれいな砂浜の象徴。部員たちは「これまで積み重ねた漂着ゴミのデータを統計にとり、ゴミの出し方などを考え直してもらうきっかけにしたい」と話し、今後も漂着物調査を続けながら、ゴミ問題、環境問題など、新たな研究に挑戦していく考えだ。
下写真1下写真2
(2007年3月)
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